メン処さつ樹

統合失調症になってしまった人の発言

心で考えた後、出る言葉にはどれほどの思いがあったのだろうか

アーーーーンこんばんは。花粉と黄砂でぼこぼこにされています。

 

最近のマイブームはセブンブランドのやっすいチューハイです。スーパーの安いやつよりもおいしいしなんかよくわからんけど度数も高いから便利なので毎日お世話になっています。このチューハイで何人助けているかわかってこれ売ってるなら感謝状を本社に贈りたい、それくらいヤバい便利な酒、裏観たら製造元がクッソ有名でした。結構プライベートブランドはいい会社に依頼してますよ、それもっと安くしろや賃金上がらんのに物価だけ上がっているんやぞ。お前が英雄になれ。

 

それはそれとして今日なんですがうんこしました。新生活を前に体がぶっ壊れそうです。壊れるって漢字で書けって言われたらかける人少なそう、おれはかけません。

 

今日は水について書きたいと思います。水というのは止まっていたら腐ってしまいます。川を想像してもらうとイメージしやすいです、流れていない川は汚いけれど新しい水がいつも流れている川は澄んでいて太陽や月をきれいに照らすことができます。

 

そのように人間も濁らないよう新しいことに挑戦や考えていくことで人が腐らず澄んだ心で生活ができているのではないのかと思います。もちろん性格とかありますが川にも水質があるのと同じくある程度のことは決まっていますがきれいになること、濁っていくことで育つ生き物や気持ちは変わっていくと考えています。

 

なのでいつも新鮮な気持ちで物事を受け入れることは心にとっていいことでありその心の水質に合わなければ否定してしまうこともありますが、それは損ではなく、自己理解が進んだ証でもあります。これはなんでも都合よく生きる人への言葉ではなく適合するために努力をして、でもなお受け入れられないと理解し、認めることができた人へ届いてほしい言葉です。おれ個人ではこの水の例えがしっくりきました。

 

もしも濁ってしまった人には新しい水を流すことで何か起こるかもしれませんが池の水のように一度溜まってしまったものはしばらく残ってしまいます、その時期は苦労や努力の期間であるとも言い換えることができます。

 

こんなこと書いていたけどこんな苦労してきれいになるなら生まれたくないやんけって思ったので今日はここらへんで終わろうと思います。まあ、濁ってしまったら水を入れ替えることで新しい新生活になる人もいるかもしれないので何とかなったらいい感じになると思います。

 

何とかならなかったら諦めてください。