喫茶さつ樹

後天性精神障害者の生きた記録

精神科に入院してた昔の話、最序盤

こんばんは、でいい感じに勝てて機嫌がいい陰キャです。

 

ところで皆さんは精神科に入院したことはありますか?大体の人が経験するのでこの行為を成人式と呼んでいます。ちなみに僕は成人式には行っていません。地域の人がなんか団地のお金ってなんだっけ、まあそういうやつの積み立てでペン貰っていまだに使ってます。カモやな^^お前らのお金でペン使っとるけんね~^^

 

言い方に悪意を混ぜましたが昔僕は精神科に入院していて結構こういう話に需要があるらしくて結構聞かれるんですよね、だからまあ残すかということで書いていきます

 

まず病棟に種類があるけどおれは閉鎖病棟で基本的に外に出れなくて出るには主治医の許可が必要で入院してしばらくは病棟に閉じ込められてずっとあったかいお茶飲んでウネウネしたりテレビ見たりして過ごしてましたね、そっから病状で許可が出ると外に出たりしていいって感じでそれ以外は病院内で過ごしてました。

 

なんで入院してんのって理由ですが当時クソいじめられて体壊して不登校になっておりそれを父親がさらにひどく責めてくる感じで家庭内環境も学校の環境も最悪でした。逃げ場のない僕に当時の主治医(ヤブ)が一時的に病院に避難してみろとのことで言い方は緊急入院ですが形としては任意入院で病院の中で過ごすことになりました。本当に誰もおれのことをひどく言ってこない環境に少しは落ち着いてましたが病棟の中には結構ヤバめな人がいて今だとおもろいけどそん時は結構ビビってました。

 

まあそういうわけで精神科の閉鎖病棟で過ごした記録を書いていきたいわけなんですがあくまで当時の環境であって今は違うのでこんな話鵜呑みにするなら精神科で知能検査受けたほうがいいよ。もう少し冷静になれ。朝起きてこれ読み直したらもうすこしマシな決断ができると思うよ。責任取らんけど

 

まあまず僕が入院した時は中三で受験で切羽詰まってました、でも人生で初めての入院で正直テンション上がってました、怒られないし守られているからと思い込んでいました。入院準備ですが特に不自由なく終わって家から持って行ったのはpspとシャンプーリンス部屋着程度だったと思います、あとはお菓子が好きだったので多めのお菓子くらいかな、そのあとは欲しいものは足す感じでした、カップスープとかインスタントの飲み物をよく飲んでました、冬だったのもあった。

 

その当時の入院している患者がよくわからんけど二か月くらい風呂に入らないから全身から磯の香りがする謎の少年とひたすら床に唾はきまくる大ヤンキーに全身自傷で見えるところ紫になっている女の子とか曲者の寄せ集めで思い出すとめっちゃおもろいです、笑えないレベルの人たちだけどもう笑うしかないんよ、これ書き始めたらきりがないから添削が必要だわ、書いてもいいのかよくわからん、まあ時効やろ

 

そういうわけでそんな人たちの中で入院生活がスタートしました。入った初日は自己紹介ばっかしてクッソ疲れた記憶があります。その日初めて病院のベッドで寝たけどこれが入院カーと思ってたクソ甘脳みそでした。

 

その当時まあまあな量の薬が処方されてたけどおれが強すぎてこれといった体感は何もないので入院治療で解決すると思ってるあまちゃんは帰れ、入院しているときにいかに自分と向き合ってこれからのこととか自分と向き合う時間を作ることであって本人次第じゃないとどうすることもできない無意味な時間にしかならないと今実感している、おれの場合は何とかいい感じでごまかせてるけど先天性の場合とかは入れたところで期待してはいけないと思う、それくらいめちゃくちゃな場所だった、

 

寝ていたら八つ当たりで俺の部屋のドア真夜中に蹴られたり怒号が飛ぶなんてあたりまえのことで朝になればみんな何もないかのように振舞ったり、夜トイレに起きたら廊下に腕が血まみれの人が歩いていたりしたりした話などそういうことを今後書いていきたい、今日は連勤でもう限界なので寝かせてください、感想くれる友人に回数分けるか多くても文字分けるか覚えていたら聞いてみて今後の書き方を考えていこうと思います、特に話が進まずすみませんがこんな感じでやっていきます、見直しなしの一発書きなので文句があるならそこら辺の地蔵にでも言っとけばいいよ。

 

次は気が向いたら書きます。