喫茶さつ樹

後天性精神障害者の生きた記録

親の心、子にあらず、この心、他人なり

こんばんわ。

 

一つ前のブログですね、それを血縁関係はないが仲良くさせてもらっている方に読んでもらいました。

 

まあ3500字あるし少し待っていたんです。

 

するとその人は泣きました。

 

僕は理由を聞きました。そしたらこのような文を笑顔で出し今このように生きている姿、気持ちを素直に書き出すことに心を揺さぶられ涙が出たと言っていました。

 

僕はあのブログに下書きなど存在してません。僕は思ったことを書き、そして人の心を動かした。それは事実だ

 

 

そして今日、そのこともあり僕が今頑張っていることを具体的に親に話しました。一番長い時間見ている親なら理解すると、勘違いしていました。

 

昔の話です。僕の父親は僕がうつ病になり動けなくなった姿に言いました。

 

「入院なんかお金のムダ、もっと今できることがあるだろう、それをすべて試せ」と

 

根に持ってますよ。墓すら捨てるくらいにね。その時の僕はもう命を捨てるための行動をしようと常日頃考えてました。踏切で一歩踏み出す、高い場所から落ちれば空を飛び天国にけるなど、考える毎日、悩む毎日、苦しむ毎日を過ごしました。

 

入院の話の前から親は言ってました。

 

未来を考えろ、具体的な話を出せ、なぜ仕事じゃなく日本一周が夢なんだ。  と

 

前の記事にも書きました。将来の夢が仕事なのはおかしいと。それはさておき

 

その会話があったので僕は新しい仕事をして、そこで評価され、具体的にどのような努力をしたから結果に結びついて評価されたかを説明しました。

 

 

なんて言われたと思いますか?

 

 

 

 

 

へー、そうなんだ。この人年取ってるのに大工できれいに家を作ったね。

 

 

は?

 

 

俺は今お前が昔喋った具体的な案、寝たきりからの克服、そしてやりたい仕事に挑戦し、その評価をされたことを喋りました。

 

 

何?テレビのほうが好きなん?ならもういいわ、話にならないと僕は怒りすら湧きませんでした。馬鹿なんだと。話を聞く気がない、論理的に話せない、理解できない、馬鹿な親なんだ、俺はここまで悩んで責められた事をやってやってんだと示したかった気持ちが少しでもあった。それは親が言葉に責任をもてと言ったからだ。

 

 

なんだよ?テレビが好きなら子供産まずにテレビとセックスしてろよボケ

 

まあそれで僕はもう話すのが嫌になったのでああ、もういいわ、そうやって人に今まで言ったことテレビの見ず知らずの老人で流すんだねと伝えもう言うことをやめようと思いました。

 

 

まあなんかあったら言うけど言っても意味がない事ってあるからより理解して無駄なエネルギーを使わないように生きようと、そう思った一日でした。

 

理解者に血縁関係なんてない。むしろ見ず知らずの人に精一杯説明したほうがわかってもらえる、評価してもらえる。縁になると感じた。

 

親は所詮親、最終手段の頼る場所、でも俺の会話を聞けない親は俺より無能、いや、知的好奇心がないことが確かだ。だからより知る必要がある。前に前に進まないといけないが気持ちの整理がつかない。なんせ20年以上育ててもらった親から俺にとって裏切りにしか見えなかったから。もちろん俺の落ち度も体を壊して嘘ついてでも休んだ過去がある。でもそのときも俺に寄り添うことはなかった。

 

きっと、この先もそうだろう。いつか俺は生きていたら親を捨てる。捨てないといけない親が沢山いることに気がついてほしい。頼るべき人は親じゃなく専門家でありそれを知るための自分の気持ち次第でいくらでも広がるということを。

 

 

風呂はいる元気もなくてあのあれ体拭くやつ、、、、ボディペーパー?で体拭いたので朝元気があればシャワーなりなんなりで少しリフレッシュしてみます。ああ、嫌だ、以上です。

 

この記事は収益化通してないのでただ読まれるだけでいいので色んな気持ちを伝えたいです。たとえ小さな光でも。消える前に