喫茶さつ樹

後天性精神障害者の生きた記録

末期がん、お見舞いに行かない親、代わりに俺は足をずっと運んだ。

こんばんは。さっき風呂入って体洗ってたらボディーソープ踏んで左手軽く捻挫しました。

 

本題です。

 

僕にはおじいちゃんがいました。

 

もう何年も前に亡くなったんですがそのまあ、おじいちゃんが倒れて入院してからの話なんですよね。

 

病名はがんでした。末期の。余命宣告もされてた。もう死ぬよって認知機能のあるうちに言われたじーちゃんつらかったと思う。話はそこから始まります。その時間の中で俺自身が考え思い悩んで過ごした思春期の時間の一部をここに書き残したいと思います。

 

あれは春、夜の八時過ぎくらいだった、じいちゃんが風呂で倒れていて急いで救急車で搬送されたとのことだった。その一本の電話で俺は病院に向かって走った。ちょうどそんなに仲が良くない友達と遊んでて多分帰る口実にしか聞こえなかったと思う。じいちゃん倒れたから病院行ってくるって真顔でいきなり走っていったらそう思うよね、でも俺的には真顔で焦っても意味がないことはわかっていたから演じた。本当は心臓が張り裂けるほど驚いた。あんなに元気だったのにと。

 

そして病院に行ったら親が医者から色々話してて孫の立場でまだ高校生の俺には具体的には説明されてないけどのちにお見舞いに足を運ぶにつれて病気のこと、余命宣告のことについて勝手に知ることになる。

 

そしてまだ俺は詳しいことは何も知らないままおじいちゃんが数日で退院したからよかったなと思った。でもそれはつかの間の安心だった。

 

ちょっとしてまたおじいちゃんが倒れた。正直わかってた、この時から何かはわからないけれどもうこの病気で死んでしまうんだろうと直感でわかっていた。そしておじいちゃんは別の病院に入院した。その病院が俺がこれから約一年ずっと足を運ぶことになる。まあ、学校から少し足伸ばせば行ける距離だったから、死んでしまう前に俺はいける限り顔を見せるだけでいいから行こうと決めた。

 

入院してすぐのころは俺のことを認識してくれて俺は家族の話や学校で勉強したこと、人助けしたことなどいろんなことを話した。おじいちゃんは、いい子だね、と褒めてくれた。死ぬのに。余命宣告されてるのに俺を褒めてくれていた、今になってわかるおじいちゃんは素晴らしい人だ。まだ俺のことをわかって会話が成り立つ、親戚が来た時もしっかり認知機能があって会話出来ていて俺はまだじーちゃんは死なないなって思ってた。そうして会話が成り立つことが当たり前になっていた。でも、俺はほぼ毎日学校の日は病院に行って話するから話題が無くなっていった。でもおじいちゃんが話題を出せるほどしっかりしていた。病院の屋上に行ったり外の空気を吸うためにまだ歩けていたから一緒に支えて外の景色を見てまたこの景色が見れるといいね。だなんて言ってた、この時俺はもうおじいちゃんとこの景色を見るための365日は存在しないことを知らなかった。

 

だって、一か月ずっと顔見てるけど会話ができて歩くこともできて目に見える変化が無かったから。

 

そんな日々の中で一つ気が付いたことがあった。

 

息子である親がお見舞いに全く来ないことに。

 

この文章を覚えたうえでこの先読んでほしい。

 

そうして時間は過ぎていった。ある日、おじいちゃんがおかしくなったと連絡があった。ここから変化が起こる、認知機能の低下、二足歩行ができなくなり車いすでの移動になる。言葉が出てこなくなる。など、書いていきます。

 

おじいちゃんが急変した。

 

話では聞いていた。知ったうえで病室に入る。おじいちゃんは寝ていた。普段ならラジオとかテレビ見てたりするのに信じられないくらい起きなかった。看護師の方がお孫さん来たよと強めに起こす。俺はその姿が嫌だった。俺のために起きなくていい。起こさなくていい。明日また来るからいいですって看護師の人に言った。そうこうしてたらおじいちゃんが起きた。そうして俺を見て一言こういった

 

えっと、誰だっけ

 

毎日お見舞いに行ってた俺を認識できなくなっていた。

 

その時俺はショックは受けたがまあ認知症もあったし多少は仕方ないとは思ってた、でもこの前見た時とはまるで別人のように見えた。まあ別の日に行くと認識できて名前読んでくれたりしたから俺はまたそれが安定して当たり前になっていった。

 

でも俺の親はお見舞いに行かなかった。急変した翌日だけ来たけど指で数えるほどしかこの後も来なかった。理由を聞いたら仕事で忙しいと言っていた。面会が終わる時間には親は家にいてゴロゴロしていた。俺はその時思った。

 

逃げやがって

 

自分の見たい景色だけ見てなんかあったらまあ行くけど言い訳して実の親で普段からおじいちゃんのことを気にかけるような言葉を言っていたがそれが嘘であるということが分かった。嘘じゃないかもしれないけれどその時の俺には逃げているようにしか見えなかった。

 

そう思う間にもおじいちゃんの認知機能は落ちていく、様子もおかしくなる。普段弱音を吐かないおじいちゃんがずっと痛い。痛い。と顔をゆがめていた。俺はもう隠せないほどの痛みであると見てわかるレベルだった。

 

おじいちゃんは元気なころずっと笑顔で愚痴や文句は言わず筋が通ったことしか言わなかった。だからこそ俺はもうおかしくなった、もうやっぱり余命通りだと思い始めた。

 

そうしてどんどんおじいちゃんは忘れていく、ほぼ毎日顔を出した孫の顔、名前も忘れていく、どんどん弱っていく、その姿がつらかった。

 

もうそこから俺はこう思うようになった、

 

早く死んでくれ。

 

話は通じない、入院しているからお金はかかっている。親は見舞いに来ないから顔を見に行くたびに弱っていく姿を知らない、ああ、もうこの話もわかんなくなっちゃったか、とか来年桜見たいよねって話したことも忘れていた。屋上に車いすで連れて行ってもなにも喋れなくなりつつあった。高校生の俺には正直つらすぎた。死んでいるんだ。この人は。ただ医療の発達で生きているだけだと。

 

どうしても忘れられない思い出で病院でクリスマスにコンサートをやるとお知らせを聞いて俺はいけないからおじいちゃん行って感想を聞かせてねとお願いをした。後日病院に行ってその話を振ったがおじいちゃんは何の話か一切理解していなかった。俺はその感想が楽しみで病院行ったのにもうなんもわからんくなってた。嫌だった。こんななんにもならん人に俺の時間を使いたくない、弱っていく姿を見たくない思いが強くなり、病院に行く足が少し遠のいた。三日くらいいけなかった。そうしたらまた電話が来る。叔父からだった。また急変したと。だから病院に行く。話が通じない、そこで余命のことや病気のことについて知ることになる。

 

電話の時だけ親は病院で暗い顔をしていた、なにも知らないくせに、逃げていたくせに、どんな話をしたか、具体的に知ってないくせに知ったような顔で実の父親を見ていた、ぶん殴りたかった。親戚一同集まってる中でぶん殴って俺たちがずっと様子を見て時間作ってみてるのにお前は逃げたんだと言ってやりたかった。それくらいおじいちゃんはいろんな思いをして死ぬために生きて俺はその時間を過ごしたのだからいう価値はあると思った。でもこの約一年間お見舞いに数回しか来ないような人間に何言っても通じないことをもう知っていたから言わなかった。

 

そうこうしてたらじいちゃんはこの世の中から旅立った。もう詳しくはしんどいから簡単に書くと延命してその間も俺は足を運んでこの行動に意味は何もなくて意識のない相手の顔を見てただ心の準備をするしかないと思った。延命は何も生まない。ただ亡くなる遺族の前に気持ちの準備期間でしかないと思った。

 

そして葬式が行われた。親は泣いていた。意味が分からなかった。育ててもらったことはまあわからんでもないけれど死に際にもお見舞いにもいかず言い訳して逃げていた姿を見てなぜこいつが泣くのか意味が分からなかった。泣くべきなのは俺や親以外の支えていた周りの人たちだろうと俺は思う。その気持ちは何年たっても揺るぐことはない。それくらい葬式で泣く親が理解できなかった。

 

火葬場に行く前に親が言った。

 

おじいちゃんのような素晴らしい

親になりたい

 

 

 

は?子供を虐待まがいの教育(笑)をしておいて見舞いもいかず仕事で忙しいと言い訳して時間なんかいくらでも作れる中で逃げた人間から出る言葉ではないと思いその時から親はゴミだ。葬式にはいかないし入院しても嫌味ばかり言うし行かねえよって思ったね、あほくさ。

 

あれから何年も過ぎたが親は相変わらずおじいちゃんみたいに愚痴や文句、感情論を言わないなんてことはないし嫌味や見下す発言ばかりしている、成長ができない親の血がつながってるのほんと信じたくない。

 

話がそれたけど言いたいのは俺は弱っていく姿を最後まで見届け、親はそれから逃げたこと、そんな情けない人間になりたくないということ、それがトラウマで老人とかかわるのがしんどいということ、これは克服するべき問題だから向き合っていく。

 

今の俺には人が弱っていく姿を見るほどの強い心を持っていない。

 

まだ言いたいことはあるけどうまく気持ちの整理がつかないのでまたいつか書くんかな。命を自ら何度か捨てようとした俺からしたら最後まで生きたじいちゃんは尊敬するべきだね。真似できないほど強い人だった。お墓参りもちゃんと俺は行ってるから俺が死んだら天国でまた小さい頃作ってくれた竹細工で遊びたいな。今度はじいちゃんに任せず俺も作るからさ。

 

春になると思い出すんだ。俺は地獄行きかもしれんがなw

 

追記:よかったらシェアして色んな人に僕の価値観のような人もいるよと思っていただけたらと思います。こんな甘ったれですが。広告収益は一切入らないので読まれたらいいな〜くらいです。終わったことなので