喫茶さつ樹

後天性精神障害者の生きた記録

平気な顔の裏なんてわかんないよ。

まんまです。

 

強がっちゃう。弱いのに弱すぎてその弱いところを突く一言で俺の一日は何もかもなかったことになって寝るまで嫌な気持ちになってるくらい弱いのにどこかしらのポイントで強がるんだよね。

 

昔何も知らずインコを飼って死んじゃう前にすごい羽ばたいていてその時はわかんなかったけれど今になって最後まで元気だよって見せたかったのかなってことがあったから、それが正しいとか間違ってるとか本能とか知らんけどさ、死ぬんだよ?その前に強がるの、今思い返すと命ってすごい残酷にできているんだなって。

 

死ぬのに元気でいようと見せる姿って矛盾してるよね、そりゃ野生の世界なら弱いやつ食って生きるけど人間は弱くても生きていけるからさ、その姿を見て思って、俺も野生なら死んでいたなとかすごい考えるよね、もうだって社会的には終わってるしできることもできなくなってそれに悩んで悪循環の中で隙あらば強がって生きてる、本能と文明の中で生きているんだなって思って、でもこんなに面倒くさいことなんか思いたくなかった。でもそう思って生きたからできたことも多分ある、ニッチだろうけど

 

話変わるけど

 

「心のない優しさは敗北に似てる」

 

って歌の歌詞があるんだけど、確かにな~って思った。

 

自分が本当に優しくした人には見返りなんか求めないでやってるけど、そう思わないでやった義務感の優しさってダサいよね。

 

自分の心で思ってやってないことの優しさは服従してるみたいで立場的に負けている、みたいに聞き取れた、だから本当に心からの親切には価値なんかつけれない尊さであふれてるんだろうね。知らんけどさ。今はそう思ったからキーボード殴ってる

 

今この時間が人生で一番若い瞬間なんだけどそれを大切にしようとするとお金が足りなくてお金を稼ごうとすると時間が無くなって老いていくんだよね。情熱かあればそこに時間なんかなかったと思うけれど若いからできたって話を聞くとよほどのことでない限り今じゃないとできないよね。楽しめないんだよ。

 

俺が今急に家飛び出してネカフェで一か月過ごすのと老いぼれになって一か月過ごすのはどう見ても違うのよ、

 

何かのために生きるのではなく生きてて何かが起こるのを願うような人生は俺はやりたくない、まあ、いい出会いとかはあるけど何もかも運命に頼るようなことはしたくない、自分の力で作って成し遂げていきたいって思う。

 

まあそんなことできないけどねwwwwwwwwwww

 

うつ病かなんかヤブ診察だから知らんけどこの歳で動く気力が出ない日があって、とあるツイートで若い日にやろうと思ってたことが年を重ねて気力が追い付かなくてできなくなって諦めたとか聞くんよね。

 

俺老人じゃないのにその気持ちが少しだけどわかるから老後なんかないってずっと思ってる。本当に何にもない爺になるってわかってるから今を鮮やかに彩って若いうちに死にたいなって思う、この思いの人間は結構いると思うよ?俺はあんま知らんけど普通に年金でクソつまらん人生するより好き勝手に生きて楽しいで死ぬほうが幸せだと思ってる。まあいつか価値観が変わったらそうなるんかも知らんけどいまの俺はこうある以上変えれない思いがあるし変われない自分を憎むよ。

 

 

生きるってわからんね。ほんと