喫茶さつ樹

後天性精神障害者の生きた記録

失うことはないと思ってた

こんばんは、ネカフェでいろいろ書いてやっと家に帰って疲れ果てて何にもやる気が出ずにこんな時間になってました。このキーボードが私を安心させる。

 

本題ですが失うって怖くないですか?僕今好きな人や大切な人がいるんですけどその人たちがいつかいなくなったら俺ってすっからかんになっちゃうんじゃないかなって。みんな若いけれど命っていつなくなるかわかんないし当たり前なんかどこにも保障されてないんよね。自分が昔車に跳ね飛ばされたときまあまあ飛んで行って、その時脳内でああ、俺もう死ぬんかなとか思ってた。そん時うつ病ひどくて、一瞬の間だけどこれで死ねるのかな。とかも思った。現実はすごい受け身をとって軽い打ち身で後遺症はないんだけど数日体痛くって、希死観念も結構あって、あの時楽になれたらよかったなとかのちのち頭の中をよぎってた。つらかった。何もかもが

 

それはそれとして、そんな感じでいつ何を失うかわからない中失わないままの日が続くから当たり前として錯覚してるけどさっき書いた事故のこととか、自分の中の悩みに勝てなくて自ら命を落とす人とかいて、大切な人や、好きな人が生き悩んでいるのを見るとすごく怖くなって、いつか失っちゃうって、行き場のない焦りが頭の中にぐるぐるするんよね。

 

だから失う前に自分がいなくなればいいんだって。そう思うことがすごくあって、今もすごいある、ただでさえ人生しんどいのにそこで助けてくれて人生に彩をくれた人たちがいつかいなくなっちゃうってもう本当に怖い。

 

僕って昔は人って死なない生き物だと思ってた。俺には変な不幸とかはなくて、あれは例外の運の悪い人があるだけだと思っていた。でも違った、自分はいじめられて親から怒鳴られ、心と体が限界のまま生きてた。それで今は手帳持つようになった。まあ、手帳の申請も自分でやるから自分から症状を認めるってことになるんよね。まあ医師から申請したほうがいいよと言われて自分で役所に行くけどそこは任意だから嫌なら出さなくていいんだけど貰っとけばあとはプライドとの勝負だったから自分と向き合うために申請した。申請が通った日は悔しかった。でもやっとしんどいことを国から認めてもらえた。でもハンデだから、俺には関係ない人生だと思って悩んで。だから余計しんどくて、立ち直るために、見つめなおすためにやったことがもう生きるのが嫌になるくらい自分を追い詰めていた。

 

でも、俺の親友は最高だし、好きな人がいたから、その人達が俺がこの世からいなくなったことを知ったら、俺ならあとを追う。それくらい大切で好きなんだって、今になって思ったね。

 

今はなぜか死ぬとかあんま思わんくて、チャンスあって苦しまないならいいかなくらいで自分から選択するほどではなくなった。なんか「生きる」って無意識に思って心の底の見えない部分から動いてる、そんな気がする。簡単に言うと心が燃えてるんよね。

 

だから心の炎が燃え尽きる日が来るのが怖いなって思うこともあって、今日はそういう日だからそういうことを書いた。

 

だから失わないために好きな人に会いに行ったり、大切な人に自分から気持ちを伝えるようにしているのはまた改めて書こうと思う。

 

ほんと、みんないつまで生きてるのかな、わかんないけどそういう気持ちになる人は一定数いると思って、こんな悩み散らかす人間の日記見てくれたらうれしいけどうれしくないなぁ

打ち込むのが好きで顔文字とか何にもないさみしい日記だけど今後はもう少し頑張りたいね、でも今回こうやって行動できた自分を褒めたいね。これを見てくれた人もどんなことでもいいからやってみてその自分をその日の気分にもよるけど褒められるようになればもう少し豊かに生きれるのかな。俺わかんないけど悪いことではないからこれからもやっていこうと思う。

 

失うことの怖さうまく書けんかったけどまあもうこれでいいや。いったん終わり。