喫茶さつ樹

後天性精神障害者の生きた記録

ゴミ

こんにちは。やる気がないです。

 

この前まではめちゃやる気に満ち溢れていてなんかよくわからんけどめっちゃ熱意にあふれて向上心があったのがどっかに行きました。心当たりが全くないんですよね。

 

燃え尽き症候群とかあるけどあれにちかいものがある、まあそもそもうつ病だからそれじゃないのかなって思うんだけどもう正直モチベってか自信がなくてなにするにしても悲観的に考えちゃうんだよね。ほんと。この前までの元気どこに行ったんだろう、

 

やる気を出す方法とか調べてもそれができたら元気じゃボケなにがいかがでしたか?じゃあほボケカス二度と記事書くな

 

まあいつかきっと元気出るだろうし友達から貰ったソーロンのオッカいもの剣(つるぎ)を貰ってたんでめっちゃビール買ったので飲みます。おいしい。最近ビールがマイブームなんすわ、あ、あと逆転裁判も気持ちが少し前向きな日にやってますが面白いですね、バンバン証拠品を突き付けるの最高に脳汁出る。

 

でもなんか急にやる気でたり急になんか無になったりするから異変を感じる

 

この前は勝手に無意識にやる気?向上心的なのに引っ張られてたのにその糸がぷっつり切れちゃったみたいで変なんです。もともと変だけど。

 

また頑張ったらその時思ったことややりたいことを書き記したいと思います。

 

本当に何とかしてモチベというか心の炎に火をつけたい

ヤケになってました。

豪遊回です。明日からもやししか食べれません。

 

とか言ってたらもやし生活で体壊した人のツイートが流れて来たのでちゃんと他のものも食べます。


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親とモメたのでムカついてコッソリ家飛び出してバーキンに行きました。これマジで美味かった。まず店内でビールが強いよね。文句なし。

 


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その後友達とカラオケに行って叫び散らかしてたらなんかもう終電なくなっちゃったので始発まで耐久カラオケをしていたのですがあまりに過酷で途中で寝ました。喉も体も持たねえよオールカラオケとかできるやつもうなんかこうすごい仕事しろ(命令)

 


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まあ始発が出るくらいの時間になったのですがここで僕は極端な睡眠不足からヤケクソに突っ走り今日は世界が終わる日だと思いこむことにし、朝の5時半にチューハイを飲みました。何も悪い気持ちなどなく最高に目がシャッキリして謎の行動力が働きそのまま電車に飛び乗ってお出かけすることにしました。ちなみに友達は今日普通に仕事だったのでそのまま仕事行きましたけどあいつ体タフ過ぎるだろ何者なんだよ

 


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そして船に乗り…

 


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たどり着きました。どこなんだここは

そこは宮であった。宮の島である。

 


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電車も船もすべて始発で出たのであまりにも暇で島を散歩して時間を潰してました。まじで足が痛くてアホだな俺と思いながらも足をひたすら動かし歩きました。足止めたら負けかなと思って。

 



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そうこうしてたら水族館が開いたのでカタツムリの写真だけ撮りました。嘘です。他にも撮りましたが足が痛くて水族館のベンチで斜めになって今にも崩れそうな家みたいな感じでショーの時間まで僕はそこで固まってましたね。

 

アシカショーが多分あったんですけど無心で見てたのであんま覚えてないけれどグダグダでした。あれがいいんだよ。一周回ってプロだよあれは

 


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そんで昼飯、朝からチューハイしか食ってなかったのでご飯大盛りで!めちゃ腹ペコ〜!って店員のオバちゃんに言ったらすごい盛られてました。米で埋立地でも作るんか?ってくらい盛ってありましたが固められてはなくフワフワの穴子にマッチした炊きたてご飯を僕はひたすら口の中に入れた。最高だ。生きている。

 

そういやご飯の前に温泉が近くにあったんでそこ行きました。ぶっちゃけ微妙だったけど気持ち的にも足とかも楽になってウキウキチンパンジーになり穴子をほしいがままに貪りましたであります!

 


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そこで終わらないのがヤケクソチンパンジー、さっきビール飲んだろ!あとまだ食うのかよバカかよ、美味しいけどなんか一個だけ妙に生臭いのあったから明日ゲロまみれになったら多分そういうことです。

 

追記:なりませんでした。


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まだ品種によっては桜も咲いてました。とてもキレイに咲いてたので見とれていまして。ええ。


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素敵なお花に囲まれてワタクシ幸せですわ〜(現実からやけくそで逃げたことを忘れている)


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あとなんかカニが目の前歩いてたので捕まえたら近くのアベック(死言)があの人何やってるの…?みたいな声が聞こえて僕はもう瀬戸内海に沈んでしまえと眼の前にある神社に頭を深々と下げました。土下座はワテクシの生足(エロエロ)が濡れるからやーよ♥

 

ああ、明日から現実に戻される…うう…頭が痛くなってきた…

 

このあと寝てて今書きました22時58分

 

親と揉めたというか今新しく始めた仕事に誇りを持ってやってて新しい価値観や考え方について学んだこととかを昔説教でお前は何も考えてないとか怒鳴りつけやがった親に論理的に話したんですけど適当な返事した挙げ句クソつまらんテレビの感想言い始めて二度と会話したくなかったですね。穴子食ったら落ち着いたので穴子精神安定剤かもしれん。

 

あ、親友へ、見てないかもしれないけどいつまでも忘れることはないからまた笑顔で話せる日を待ってます。

 

では。オチも何もないヤケクソでしたが後悔はしてないし楽しかったのでまた今度ヤケクソになって世界が滅びる前日の人のコスプレして暴れたいと思います。

親の心、子にあらず、この心、他人なり

こんばんわ。

 

一つ前のブログですね、それを血縁関係はないが仲良くさせてもらっている方に読んでもらいました。

 

まあ3500字あるし少し待っていたんです。

 

するとその人は泣きました。

 

僕は理由を聞きました。そしたらこのような文を笑顔で出し今このように生きている姿、気持ちを素直に書き出すことに心を揺さぶられ涙が出たと言っていました。

 

僕はあのブログに下書きなど存在してません。僕は思ったことを書き、そして人の心を動かした。それは事実だ

 

 

そして今日、そのこともあり僕が今頑張っていることを具体的に親に話しました。一番長い時間見ている親なら理解すると、勘違いしていました。

 

昔の話です。僕の父親は僕がうつ病になり動けなくなった姿に言いました。

 

「入院なんかお金のムダ、もっと今できることがあるだろう、それをすべて試せ」と

 

根に持ってますよ。墓すら捨てるくらいにね。その時の僕はもう命を捨てるための行動をしようと常日頃考えてました。踏切で一歩踏み出す、高い場所から落ちれば空を飛び天国にけるなど、考える毎日、悩む毎日、苦しむ毎日を過ごしました。

 

入院の話の前から親は言ってました。

 

未来を考えろ、具体的な話を出せ、なぜ仕事じゃなく日本一周が夢なんだ。  と

 

前の記事にも書きました。将来の夢が仕事なのはおかしいと。それはさておき

 

その会話があったので僕は新しい仕事をして、そこで評価され、具体的にどのような努力をしたから結果に結びついて評価されたかを説明しました。

 

 

なんて言われたと思いますか?

 

 

 

 

 

へー、そうなんだ。この人年取ってるのに大工できれいに家を作ったね。

 

 

は?

 

 

俺は今お前が昔喋った具体的な案、寝たきりからの克服、そしてやりたい仕事に挑戦し、その評価をされたことを喋りました。

 

 

何?テレビのほうが好きなん?ならもういいわ、話にならないと僕は怒りすら湧きませんでした。馬鹿なんだと。話を聞く気がない、論理的に話せない、理解できない、馬鹿な親なんだ、俺はここまで悩んで責められた事をやってやってんだと示したかった気持ちが少しでもあった。それは親が言葉に責任をもてと言ったからだ。

 

 

なんだよ?テレビが好きなら子供産まずにテレビとセックスしてろよボケ

 

まあそれで僕はもう話すのが嫌になったのでああ、もういいわ、そうやって人に今まで言ったことテレビの見ず知らずの老人で流すんだねと伝えもう言うことをやめようと思いました。

 

 

まあなんかあったら言うけど言っても意味がない事ってあるからより理解して無駄なエネルギーを使わないように生きようと、そう思った一日でした。

 

理解者に血縁関係なんてない。むしろ見ず知らずの人に精一杯説明したほうがわかってもらえる、評価してもらえる。縁になると感じた。

 

親は所詮親、最終手段の頼る場所、でも俺の会話を聞けない親は俺より無能、いや、知的好奇心がないことが確かだ。だからより知る必要がある。前に前に進まないといけないが気持ちの整理がつかない。なんせ20年以上育ててもらった親から俺にとって裏切りにしか見えなかったから。もちろん俺の落ち度も体を壊して嘘ついてでも休んだ過去がある。でもそのときも俺に寄り添うことはなかった。

 

きっと、この先もそうだろう。いつか俺は生きていたら親を捨てる。捨てないといけない親が沢山いることに気がついてほしい。頼るべき人は親じゃなく専門家でありそれを知るための自分の気持ち次第でいくらでも広がるということを。

 

 

風呂はいる元気もなくてあのあれ体拭くやつ、、、、ボディペーパー?で体拭いたので朝元気があればシャワーなりなんなりで少しリフレッシュしてみます。ああ、嫌だ、以上です。

 

この記事は収益化通してないのでただ読まれるだけでいいので色んな気持ちを伝えたいです。たとえ小さな光でも。消える前に

末期がん、お見舞いに行かない親、代わりに俺は足をずっと運んだ。

こんばんは。さっき風呂入って体洗ってたらボディーソープ踏んで左手軽く捻挫しました。

 

本題です。

 

僕にはおじいちゃんがいました。

 

もう何年も前に亡くなったんですがそのまあ、おじいちゃんが倒れて入院してからの話なんですよね。

 

病名はがんでした。末期の。余命宣告もされてた。もう死ぬよって認知機能のあるうちに言われたじーちゃんつらかったと思う。話はそこから始まります。その時間の中で俺自身が考え思い悩んで過ごした思春期の時間の一部をここに書き残したいと思います。

 

あれは春、夜の八時過ぎくらいだった、じいちゃんが風呂で倒れていて急いで救急車で搬送されたとのことだった。その一本の電話で俺は病院に向かって走った。ちょうどそんなに仲が良くない友達と遊んでて多分帰る口実にしか聞こえなかったと思う。じいちゃん倒れたから病院行ってくるって真顔でいきなり走っていったらそう思うよね、でも俺的には真顔で焦っても意味がないことはわかっていたから演じた。本当は心臓が張り裂けるほど驚いた。あんなに元気だったのにと。

 

そして病院に行ったら親が医者から色々話してて孫の立場でまだ高校生の俺には具体的には説明されてないけどのちにお見舞いに足を運ぶにつれて病気のこと、余命宣告のことについて勝手に知ることになる。

 

そしてまだ俺は詳しいことは何も知らないままおじいちゃんが数日で退院したからよかったなと思った。でもそれはつかの間の安心だった。

 

ちょっとしてまたおじいちゃんが倒れた。正直わかってた、この時から何かはわからないけれどもうこの病気で死んでしまうんだろうと直感でわかっていた。そしておじいちゃんは別の病院に入院した。その病院が俺がこれから約一年ずっと足を運ぶことになる。まあ、学校から少し足伸ばせば行ける距離だったから、死んでしまう前に俺はいける限り顔を見せるだけでいいから行こうと決めた。

 

入院してすぐのころは俺のことを認識してくれて俺は家族の話や学校で勉強したこと、人助けしたことなどいろんなことを話した。おじいちゃんは、いい子だね、と褒めてくれた。死ぬのに。余命宣告されてるのに俺を褒めてくれていた、今になってわかるおじいちゃんは素晴らしい人だ。まだ俺のことをわかって会話が成り立つ、親戚が来た時もしっかり認知機能があって会話出来ていて俺はまだじーちゃんは死なないなって思ってた。そうして会話が成り立つことが当たり前になっていた。でも、俺はほぼ毎日学校の日は病院に行って話するから話題が無くなっていった。でもおじいちゃんが話題を出せるほどしっかりしていた。病院の屋上に行ったり外の空気を吸うためにまだ歩けていたから一緒に支えて外の景色を見てまたこの景色が見れるといいね。だなんて言ってた、この時俺はもうおじいちゃんとこの景色を見るための365日は存在しないことを知らなかった。

 

だって、一か月ずっと顔見てるけど会話ができて歩くこともできて目に見える変化が無かったから。

 

そんな日々の中で一つ気が付いたことがあった。

 

息子である親がお見舞いに全く来ないことに。

 

この文章を覚えたうえでこの先読んでほしい。

 

そうして時間は過ぎていった。ある日、おじいちゃんがおかしくなったと連絡があった。ここから変化が起こる、認知機能の低下、二足歩行ができなくなり車いすでの移動になる。言葉が出てこなくなる。など、書いていきます。

 

おじいちゃんが急変した。

 

話では聞いていた。知ったうえで病室に入る。おじいちゃんは寝ていた。普段ならラジオとかテレビ見てたりするのに信じられないくらい起きなかった。看護師の方がお孫さん来たよと強めに起こす。俺はその姿が嫌だった。俺のために起きなくていい。起こさなくていい。明日また来るからいいですって看護師の人に言った。そうこうしてたらおじいちゃんが起きた。そうして俺を見て一言こういった

 

えっと、誰だっけ

 

毎日お見舞いに行ってた俺を認識できなくなっていた。

 

その時俺はショックは受けたがまあ認知症もあったし多少は仕方ないとは思ってた、でもこの前見た時とはまるで別人のように見えた。まあ別の日に行くと認識できて名前読んでくれたりしたから俺はまたそれが安定して当たり前になっていった。

 

でも俺の親はお見舞いに行かなかった。急変した翌日だけ来たけど指で数えるほどしかこの後も来なかった。理由を聞いたら仕事で忙しいと言っていた。面会が終わる時間には親は家にいてゴロゴロしていた。俺はその時思った。

 

逃げやがって

 

自分の見たい景色だけ見てなんかあったらまあ行くけど言い訳して実の親で普段からおじいちゃんのことを気にかけるような言葉を言っていたがそれが嘘であるということが分かった。嘘じゃないかもしれないけれどその時の俺には逃げているようにしか見えなかった。

 

そう思う間にもおじいちゃんの認知機能は落ちていく、様子もおかしくなる。普段弱音を吐かないおじいちゃんがずっと痛い。痛い。と顔をゆがめていた。俺はもう隠せないほどの痛みであると見てわかるレベルだった。

 

おじいちゃんは元気なころずっと笑顔で愚痴や文句は言わず筋が通ったことしか言わなかった。だからこそ俺はもうおかしくなった、もうやっぱり余命通りだと思い始めた。

 

そうしてどんどんおじいちゃんは忘れていく、ほぼ毎日顔を出した孫の顔、名前も忘れていく、どんどん弱っていく、その姿がつらかった。

 

もうそこから俺はこう思うようになった、

 

早く死んでくれ。

 

話は通じない、入院しているからお金はかかっている。親は見舞いに来ないから顔を見に行くたびに弱っていく姿を知らない、ああ、もうこの話もわかんなくなっちゃったか、とか来年桜見たいよねって話したことも忘れていた。屋上に車いすで連れて行ってもなにも喋れなくなりつつあった。高校生の俺には正直つらすぎた。死んでいるんだ。この人は。ただ医療の発達で生きているだけだと。

 

どうしても忘れられない思い出で病院でクリスマスにコンサートをやるとお知らせを聞いて俺はいけないからおじいちゃん行って感想を聞かせてねとお願いをした。後日病院に行ってその話を振ったがおじいちゃんは何の話か一切理解していなかった。俺はその感想が楽しみで病院行ったのにもうなんもわからんくなってた。嫌だった。こんななんにもならん人に俺の時間を使いたくない、弱っていく姿を見たくない思いが強くなり、病院に行く足が少し遠のいた。三日くらいいけなかった。そうしたらまた電話が来る。叔父からだった。また急変したと。だから病院に行く。話が通じない、そこで余命のことや病気のことについて知ることになる。

 

電話の時だけ親は病院で暗い顔をしていた、なにも知らないくせに、逃げていたくせに、どんな話をしたか、具体的に知ってないくせに知ったような顔で実の父親を見ていた、ぶん殴りたかった。親戚一同集まってる中でぶん殴って俺たちがずっと様子を見て時間作ってみてるのにお前は逃げたんだと言ってやりたかった。それくらいおじいちゃんはいろんな思いをして死ぬために生きて俺はその時間を過ごしたのだからいう価値はあると思った。でもこの約一年間お見舞いに数回しか来ないような人間に何言っても通じないことをもう知っていたから言わなかった。

 

そうこうしてたらじいちゃんはこの世の中から旅立った。もう詳しくはしんどいから簡単に書くと延命してその間も俺は足を運んでこの行動に意味は何もなくて意識のない相手の顔を見てただ心の準備をするしかないと思った。延命は何も生まない。ただ亡くなる遺族の前に気持ちの準備期間でしかないと思った。

 

そして葬式が行われた。親は泣いていた。意味が分からなかった。育ててもらったことはまあわからんでもないけれど死に際にもお見舞いにもいかず言い訳して逃げていた姿を見てなぜこいつが泣くのか意味が分からなかった。泣くべきなのは俺や親以外の支えていた周りの人たちだろうと俺は思う。その気持ちは何年たっても揺るぐことはない。それくらい葬式で泣く親が理解できなかった。

 

火葬場に行く前に親が言った。

 

おじいちゃんのような素晴らしい

親になりたい

 

 

 

は?子供を虐待まがいの教育(笑)をしておいて見舞いもいかず仕事で忙しいと言い訳して時間なんかいくらでも作れる中で逃げた人間から出る言葉ではないと思いその時から親はゴミだ。葬式にはいかないし入院しても嫌味ばかり言うし行かねえよって思ったね、あほくさ。

 

あれから何年も過ぎたが親は相変わらずおじいちゃんみたいに愚痴や文句、感情論を言わないなんてことはないし嫌味や見下す発言ばかりしている、成長ができない親の血がつながってるのほんと信じたくない。

 

話がそれたけど言いたいのは俺は弱っていく姿を最後まで見届け、親はそれから逃げたこと、そんな情けない人間になりたくないということ、それがトラウマで老人とかかわるのがしんどいということ、これは克服するべき問題だから向き合っていく。

 

今の俺には人が弱っていく姿を見るほどの強い心を持っていない。

 

まだ言いたいことはあるけどうまく気持ちの整理がつかないのでまたいつか書くんかな。命を自ら何度か捨てようとした俺からしたら最後まで生きたじいちゃんは尊敬するべきだね。真似できないほど強い人だった。お墓参りもちゃんと俺は行ってるから俺が死んだら天国でまた小さい頃作ってくれた竹細工で遊びたいな。今度はじいちゃんに任せず俺も作るからさ。

 

春になると思い出すんだ。俺は地獄行きかもしれんがなw

 

追記:よかったらシェアして色んな人に僕の価値観のような人もいるよと思っていただけたらと思います。こんな甘ったれですが。広告収益は一切入らないので読まれたらいいな〜くらいです。終わったことなので

プロコンクソネジクソ粉問題

こんにちはクソです。

 

スイッチのプロコンの左スティックの感度が悪いので分解しようとしたんですけどあまりにも固くて分解できませんでした。なめなめしちゃいましたね。どんだけ強く締め付けたん?親の仇ですか?誉れはネジで締めました。とかそういうのいいから。


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で、色々頑張って回そうと思い色々調べてゴム噛ませても回りませんでした。というか精密ドライバーが歪むレベルで固すぎるしネジはバカになるしもうどうやっても無理で精神衛生上もう今度気が向いたらバラバラにしようと思いました。誰だよかんたんに分解できます!とかでいらない情報まみれのクソつまらん記事書いてるアホはよ。な〜にがいかがでしたか?じゃねえよ目の前にいたらそのドライバーで開けてみろよオラオラ

 


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そういうわけで買って来たんだよ新品さん。

 


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左がSwitch発売初期と右が最新版ですね。パット見質感変わってます。最新のほうがマットに仕上がってますね。操作感に何も変わりはないです。

 

一応旧型はSwitch発売と同時に買って今まで一度も分解することなく不具合なしで使ってこれたので時期的にまあこんなもんかと思いますがネジが気が狂うほど固いのでクソです。プロコン名乗るならもっとちゃんとしたネジと組み立てしてください。

 

まあ固着?してる可能性もあるのでこの手の道具たくさん持ってる知り合いに今度頼んでみて復活したらクソコンの名前を取り消します。何だかんだ2000時間近く使って唯一の不具合が左スティックの粉のせいで接触不良でしたからまあよく頑張ったほうかな?こまめにスティック拭いてたのであれしなかったらもっと早く壊れてたと思う。何がプロやボケ

 


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ちなみに新しいプロコンのネジも信じられないくらい固くて回す気が失せたのでまた感度悪くなったらいろいろ試してみます。これで8000円近くするの高いなあ…ネジ改良してくれたら文句ないよ、ほんといいコントローラーだとは思うけど個体差もかなり聞くしあと少し頑張れよって言いたいだけでした。

 

頼みますよ大好きな任天堂さん…ネジだけほんまネジだけや。頼む。あとスティックの粉どうにかして。洗ってないち○こでもこんな粉出ないよ。

わからないがわからない。それを理解する。1

先天性の障害についていったん思ったことをノートに書こうと思ってたけど字が汚いのと打ち込んだほうが早いので打ち込みます

 

認知の歪みで何が正しいか、何を言っているのかの判断ができない、字が書けない、絵を描いても描いた後にこれは何だろうと問いかけても答えることができない。

 

まず文字の認識ができないことについて自分の中で考えたが生まれて初めて外国の言葉や日本語でもいいけど難しい言葉を聞いた時って理解が追い付かないと思うんですよね、文字の形が違う、なんて言っているかわからないって思った人がほとんどだと思うんです。だって知らんから、

 

文字って線と点でできてると思うんですがどの言葉も線と点の集合体で作られててその順番や形でどういう意味かを理解するわけなんですけどまずひらがなが認識できない子は

 

 

この一文字がわかりません。

 

まず縦と横に線がある、それは数字の1か小文字のlか、マイナスの記号か?それが合わさっているから十って見えるしノートの向きを変えれば掛け算の×とバツ印、大文字や小文字のxにも見えるわけ

 

さらに三画目のぐるっと回るのなんか意味わかんないと思うんですよね。縦と横だけじゃなくて斜めに回転している、回転も向きを変えながら書くことで直線のように書くこともできると考えてます。

 

じゃあその

のような処理が何回も斜めで横で直線で、の処理がひらがなに漢字、はたまた算数の記号、外国語かもしれないと思うことが何回も続くとめっちゃ疲れません?

 

それを連続でしてしまうことで脳が疲れて処理ができない状態になると思います。

 

それを絵に例えるともしかしたらこの線の集まりは文字かもしれないと思っちゃうこともあると思うんですよね。そうしたら自分の描いた絵も脳みそが処理できずにこれが何かわからないって状態になるのかなって考えてます。

 

これは何を描いたのか聞いてもわからない、首をかしげる、言葉に表すこともできないくらいぐったりする。

 

これはあくまで個人の考えであってるかわからないです。僕もわからないけど文字にできるので残しておけば何かの参考になるかもしれないので記録として残します。

 

また、ほかの感情も脳の処理が一般的とは言いたくないが処理の方法が違うようで例えるならツンデレですかね。相手は嫌がっているが本当はうれしい気持ちを隠して、本当は好意を持っているがそれを知られるのが恥ずかしいので嫌だという気持ちでフィルターをかけてごまかしてる、

 

これ相当脳の処理求められるんですよね。さっき書いた処理の仕方で一個一個考えてたらパニックですよ。嫌なのにうれしいってバカなんじゃねえのかって、その気持ちにすら処理がまた一個一個あって、、、、、、を考えると人の気持ちが理解できないのってなんとなくわかるんじゃないのかなと思います、自分的にはそう思いました。

 

そういった人が色々いる中で協調性とかわかんないですよね、どうなってんだよ頭おかしいのかよってなる、俺ならなりそう、なってたわ

 

そういうもう脳の構造が違うことに対してできることはあるのだろうかと考えたが、正直無理だと思う。そんなこと出来てたら世界平和は約束されみんな笑顔で困りごとのないきれいな世界しかない。

 

だが現実はどうだろうか?結局個性だのなんだの言っといて多数決でものが決まる時代で文字の認識ができません。意思疎通が難しいです。その人の意見を取り入れても周りは理解せず突き放すよね。だから障害って言葉があるわけでそういう人にできる意思疎通の方法も個人によって違って何かができて褒められても嬉しくない人もいる、意思疎通もできない、言葉がわからない、文字も感情もうまく表現できない。そんな人が優先されるほど世の中って豊かじゃないんですよね。出来損ないの刻印押されてなりたくない生まれたくもない、生まれた自覚のない人に意思疎通するためには様々な視野や価値観、認知機能を持った人が周りに必要。明らかに非効率だと思う。これを何かしらの方法で僕個人一人だけでいいから生まれながらに困った人を一瞬でも助けれるそういう心を持ちたくて本読んで途中だけど考えを書きなぐった。

 

またほかのこと思ったりしたら書き残して、自分自身の教科書もどきみたいな感じで理解の幅が増えていけばいいなと思う。頑張れ俺